青い月のためいき

百合とかBLとか非異性愛とかジェンダーとか社会を考えるオタク

(移転記念感想記事)違国日記〜8巻/ヤマシタトモコ

感想レビューブログをはてなに移転させました。
移転作業が地味に大変だったのでお気に入り記事をこっちのブログにも転記して供養しよう企画やります。
全部で5記事予定。

第3弾です。
お気に入りポイント:
こう、私の周りでは評価が高いこの漫画のことが長らくなんとなく好きじゃなくて、その理由を掘り下げることに成功した記事。
端的に言えば権力関係においてフェアじゃないのにあたかもフェアに見せかけているところが好かない。

2022/01/15
remain.hatenablog.jp

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なんと感想を書いていなかった。びっくりだ。
初めどういう気持ちで読んでいたのかもう思い出せない。


接待漫画だ、と思っていた。
読み直して改めて、私は別に私であることを肯定される必要はないと気づいた。
どんなに圧倒的描写力で鮮烈な刃を振りかぶってこられても、「あなたは、あなたの感情は誰かに奪われていいものではない、あなたが大事にしていい」というような言葉たちはもうすでに私のものだからさらさらと流れてしまう。
問題は1巻が出た時からそういう感想だったのか? であるが、残っていないのだからしょうがない。
私には必要がないのに「必要でしょう?」と接待されるから居心地が悪かったんだろうか。

「別れても友達でいよう、助け合おう」などと描写する百合は確かに今までなかった、から存在するべきだとは思うけど、どうにも私には苦手でざわざわするのはこのシーンがやっぱり私向けに描かれているからなんだろう。私に向けられているけど私には必要がない。
私にも救済は必要だがそれは『夢の国から目覚めても』の形をしている。すなわち百合に己の命をベットする、女を求めた女の切迫にこそ救いの手を差し伸べられたいのだ。私は独りよがりなので、協同とか連帯とか適切な距離を保つ互助の中には女同士の恋愛を見いだせない。私の恋愛は「不適切」な距離感でしかありえない。


思い通りにならない予測不能な他者との遭遇が描かれない、とこの漫画に言ってもいいのかもしれないと今日初めて思ったから読み返した。
この漫画に救われる読者はたいてい「槙生ちゃんに育てられたかった」「槙生ちゃんみたいな人になりたかった」「槙生ちゃんはおれだ」の混合的な感情移入の仕方をしている、おそらく。
読者の主な肩入れ先が槙生ちゃんなのに槙生ちゃんにとって予測とコントロールを超える他者とは? という話にならないことにもやもやしてる気がする。

そうか、朝にとっては槙生ちゃんはこれでもかと他者性がぶつけられるが、朝はまだ槙生ちゃんを超えてない。
槙生ちゃんには「無理解で無思慮」以外の脅威なる/予測や期待の埒外にいる他者がいない。
唯一そうなりうる、分解しえない不可解な存在たる姉は残念ながら死者なのだ。もう二度と槙生ちゃんを脅かさない。
槙生ちゃんは朝の「無理解で無思慮」な言動以外でクリティカルに傷つけられることがない。
ここは本当に私の好みで、私は『違国日記』のなににもやもやしているのか? がようやくわかりはじめたからこれを書いているのだが、朝の浅慮さも、朝が不可避に槙生ちゃんのテリトリーを侵害することも、槙生ちゃん……というか読者にとっては予測可能な他者なんだよね。行動原理がまるで理解できない上に手に負えないほどアンコントローラブルな他者にはならない。なにしろ圧倒的な庇護の下。
そうやね、槙生ちゃんに関わる人間が槙生ちゃんや読者の予測も裏切らないうちからこの作品が「違国交流」を描いていることになってるのって欺瞞じゃない? どう? って思ってるのか。

それは槙生ちゃんが他者に踏み込まないからだし、その問題も描いてるけど。
「考えろ考えろ」の一連のシーンは読者視点ではものすごく好きなんだけど朝に影響を与えたくないばかりに?朝に対して不親切だし知識の多寡と年の差保護被保護関係における権力性が発生していることに本人無自覚で「子どもを見下し軽んじている」感が嫌……。槙生ちゃん親戚にはほしいけど保護者にはほしくない……。
「繊細すぎ」に対する「せっかくなら苦しんで生きたいでしょ」は最高、読者の私はこの上なく欲していた言葉だ。
私の場合は母親の影を見る。
作品的には朝に姉の影を見て姉に反発するつもりで「朝抑圧」感が出てしまう槙生の問題点は意識されてると思う。今後その色が強くなればもっと好きになれる。
ただ、読者各々の「誰か」の影を朝に投影することで結果的に朝を軽んじる槙生ちゃんを否定しないのなら嫌だな……みたいな……。

ジュノさんとかもつさんとかは「子どもを軽んじる大人の嫌さ」が絶妙に出てんだよな……。でも大人になると子どもにそういう接し方しちゃうよねといううまさ。
そこに「むかつく」とか家出とかでしか対応できない朝がさ、いずれ槙生ちゃんを超えてほしいですね。

笠町くんはまあ初登場から怒ってても適切に責を負わせない形で伝えてくれる良識人なので槙生ちゃんに都合よくてもそういうもんかなと。
過去ふたりが「他者」同士の傷つけあいをやってたことがほのめかされるけど、そこは『違国日記』の本筋じゃないのだ。だってふたりはそこ過ぎ去って適切な距離を見つけた大人だから。私はそこが読みたいのに、私はそこが読みたい。ああ「他者」が描かれてほしい。
「無理解で無思慮」な他者はだって、思慮さえ身につければ他者でなくなってしまう。「誰も悪くないけど誤解によって仲違い」レベルの話はほしくないのだ。

槙生ちゃんは朝のさみしさを理解しえない、と描いてくれるのが好きだったのだけど、今回思ったのは、朝の孤独でさえ槙生ちゃんの思い出や歴史や知識の範疇に届く、朝を理解できないことを理解している、子どもが持たない視野を持つ大人の思考に包摂されてしまうということだ。
それが子どもと言ってしまえばそう。

てか朝に冷たい態度取って謝るときに有無を言わさずぐっと引き寄せるの嫌だな……と思ってたら笠町くんにはっきり「慰めスタイル」って言ってて、え〜~〜と思った……やっぱ謝罪のつもりじゃなくて慰めのつもりだったんだ。


理解ある大人や仲間に囲まれたユートピアが気持ち悪いのか、「そんなの現実じゃねえよ」とひねくれたいのだろうか私は……と自分がずっと悲しかったけど、そうじゃなくて、私が『違国日記』の形をした救済を不要としていたのだなあ、無理解無思慮以外かつアンコントローラブルな「他者」がほしかったのだなあの二点がはっきりしてよかった。

なんていうかそれでも、人の営為の尊さに、人のつながりの繊細さに胸がキュッとなって涙を流すのだ。
現時点でも十分すぎるほど「違国交流」の微妙さを描いてるし、本当にうまい。
単純に漫画面白くて一気読みしちゃう。




あれ?
今思ったけど槙生ちゃんからのキス描写ゼロだな??
未練ある感の微妙な時期の駆け引きだって笠町くん主導じゃん??
より戻すきっかけ的なお誘いLINEも「迷いつつ送るつもりなかったけど送っちゃった」になってるし恋愛における槙生ちゃんのノー主体性!!!!
それで男らしさから降りていいとか関係に名前をつけなくてもいいだなんてへそで茶が沸くぞ!!
全体的に今回の感想文は「欺瞞……? かな?」と煮えきらんのだけどここだけははっきり欺瞞!!!と言える。
槙生ちゃんと笠町くんの中華屋シーン、作者インタビューで「女の性欲を肯定するぞと気合入れた」みたいな話を読んだんだけど、咲坂伊緒とか堤翔『フラレガール』とか近年出たての少女漫画家のほうがよほど全肯定してるから世代差だなーと思う。(これらも全然まだまだだけど)
このへんか〜?
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