青い月のためいき

少女漫画とかアニメとかセクシャリティとかの考察・分析。

『ひそねとまそたん』女にとって男との恋愛は重要か?

※本エントリは『ひそねとまそたん』の重大なネタバレがあります。


女にとって男との恋愛は人生における最重要事項である。
という命題は普遍的に真でしょうか。

本当にそれだけが女の人生か?
はたまた異性愛を捨ててでも仕事に生きるべきか?
男に選ばれた女は勝ち組か?
男を選ばなかった女はさびしく干からびていくしかないのか?

ひそねとまそたん Blu-ray BOX 接触篇 (特装版)

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『蒼穹のファフナーEXODUS』一騎心理過程メモ

読解。
久々にファフナーを無印から通しで一気見してやっぱ面白えな~と感慨に浸ってた。あと大画面EXO9-10話会やってテンション爆上がりした。ファフナー面白いなあ。

EXODUSの一騎、絵のみでの象徴的抽象的な心理描写が多かったり端的な台詞でまとめてたりで本当にこの人を理解できるのかできているのかわからなくなる。
解釈しておかなければ忘れてしまう。とりあえず現時点での読解と推測を見通しとしておきます。

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自虐のももクロ、有安杏果の自尊心

安杏果の自尊心

2018年2月13日付の『ももクロChan』#373を見ていてほんとうに有安杏果、あなたって子は、と思った。

「(あーりんものまねの人が)ちゃんと、ずっとカメラを見てましたから。目線が、たぶん高城ならちょっと泳いじゃうんですけど」

いつもあなたはれにちゃんや夏菜子ちゃんをいじるんだ。
絶対自虐をしないんだ。自分で笑いを取れないかられにちゃんをネタにして貶すんだ。

 

ああもうそういうあなたが愛しいんだよ。
そういうふうにしかできないあなたが愛しい。
自尊心が低くて、自分のできないことにばかり目がいって条件つきでしか自分で自分を肯定できないから負けず嫌いで、自虐してしまったが最後自己基盤が崩れるだから自虐できないあなたが。

 

あの日から有安杏果あなたのことを考えなかった日はない。


一ヶ月経った。今でも傷だよ。
ぎりぎりの卒業発表、慌ただしく各所を駆け回っての幕引きライブ、最後の最後にあなたは言い放った。

 

「よく奇跡の5人って言われるけど、私はそう思ったことは一度もありません。メンバー4人と、モノノフさんで奇跡の5人」

 

薄々感じてはいたけど、卒業発表からの一週間ではっきり露呈した、あなたの自己肯定感の低さがこの一言に詰まっていた。

なんの弁解もせず清々しい顔であっという間にいなくなってしまったおかげで、私はひとり、向き合わざるをえなくなった。

 

もう4人のももクロは走り出してる。
ノンストップで次から次へと仕事をこなしてる。
もちろん応援してるよ。
でもそれは杏果の言うように「今までと変わらないももクロ」を見ている態度ではない。
今までとは決定的に変わってしまった、「有安杏果のいないももクロ」を推すことを私は決めたのだ。


こうして杏果について語ることは、杏果も、他のメンバーも、運営も、望んでないかもしれない。いつしかモノノフにも「過去のことをいつまでも引きずらないで今をみろよ」と苛立ちに似た空気が流れる日が来るだろう。

 

それでもあなたを想いつづける。
あなたがマイクを握る日が二度とこなくても。

 

 

ソロコン直後にすぐひとりで反省会してだめだった箇所をチェックし、肯定的でない感想を漁るストイックさ。
自分のいいところを客観的に評価できていて自尊感情の土台がある人ならそれをしてもいい。
そうでない杏果が「客観」を「ファンの欲目以外の厳しい意見」と捉えるのは危険だったのだ。

 

できないことにばかり囚われて自分はなんてダメなんだと卑下してるからダメなところを自らさらけだせない卑小さ。
自分の小ささには目を逸らし安全圏から「この人なら自虐できてるくらい自分の弱さを理解してるから下に見ても受け入れてくれる」と見なした身内のことはいじる余裕のなさ。

 

物心つく前から芸能活動をしてきたあなたを思うと仕方ないのかもしれない。
つねに上を目指してきたあなたは自分の持ってるものの大きさを実感できてないのだろう。


「努力」一辺倒で世界をこじ開けてきた杏果の不器用さを愛していた。
でも努力だけではすべてはうまくいかない。
最後に杏果が見せた一切未練のない清々しさは、努力の限界を極めた者の顔だ。

 

成長は飽和する。
技術向上を目指せば、最初は低水準のためすぐに伸びる。
しかしある程度成長してしまうと伸び率は逓減する。努力ではどうにもならなくなる域が大きくなるのだ。

 

なにもない自由な時間を得ることを杏果は「成長するため」と言った。
芸能界で伸ばせる力は彼女のなかで伸ばしきってしまったのだろう。
川上はずっと「俳優として演技経験を積めば歌の表現力にも返ってくる」と期待していたが、それをすればまた似たような努力、努力の壁が立ちはだかるだけで、スケジュールは増える一方だ。そちらに行くまえに「疲れた」のが、杏果の現状だったのだろう。

 

芸能界にいることで目を向けることができなかった「22歳の女性としての教養」は、杏果にとって低水準の領域だ。すぐに伸ばすことができる。
芸能界から離れることすら「成長」と呼ぶことが、努力ひとつを携え走ってきた杏果の世界を表している。

 

ひとつひとつ「伸びた」を実感することで、基本的自尊感情を回復するよう願う。

 


自虐のももクロ

「自虐」というのはももクロのひそかなキーワードでもあると思っている。
元々ももクロにいじりあいの文化があり、川上の教育方針が謙虚たれだったことは、危うさと紙一重だったと思う。

ももクロがある種の未熟さによって人々の心を打ち有名になると、それはたやすく「自虐」へと接続した。


ももクロが世間に認知されるようになった2012年~2013年ごろ、「未熟すぎてなぜ売れてるかわからない」と叩かれることが増えた。
けっこうひどい叩かれようだった記憶があるが、反論しようなく技術力の低い10代の5人グループが受け止めるには重すぎる棘だっただろう。
そのなかで「自虐」は防衛反応として機能したのではないか。

 

今でもままあるが、その頃「私たちはかわいくない」「歌がへたっぴ」という発信をしばしば耳にした。

一方で(当時)ファンからは未熟さが求められていたことも「調子に乗らない」節度を保ち自虐へと向かいやすくしていたと思う。

 

でも私が知るかぎり杏果からはあまり自虐の言葉を聞かなかった。
事務所に推され隊の結成やいじられることによってコンプレックス昇華が試みられたものの自ら(防衛的にすら)発信することはなく、「ももかくど」や「画伯」などふんわりした言葉の発明によってやっと手にすることができるに留まった。


夏菜子ちゃんは自虐を多用する。いじられれば率先していじられにいき、愛される。
"おバカ"さを臆することなくあけっぴろげる夏菜子ちゃんの態度から、杏果も「できなくて恥ずかしい部分」を露呈したときの対処法を教わってきたように思う。

他の4人が自虐できるのは、「ダメなところがあっても自分まるごとダメになるわけじゃない」「たとえダメでも私はここにいていい」と知っているからだ。

(行きすぎると自虐に蝕まれる危険性はあるが。正直いまの貧乳いじりは見るにたえない)


冒頭でれにちゃんを貶すと言ったがれにちゃんもよく杏果を「いじって」貶している。
だから水面下ではギスギスしてたとかいじめがあったとか安直な話ではなくて、ももクロはそういういじりあいの文化でできている。
れにちゃんは杏果の失敗をよくあげつらって笑ったが、そういうとき杏果は苦笑いするだけで、話を膨らませることはなかった。
いじりあいの文化は自虐できて初めて成り立つ。自虐することが相手をいじる権利を持つカードだ。

 

そのルールを杏果はたぶんうまく使えてなかった。
杏果は自虐はしないけど謙遜はする。自分の弱みは理解しているからだ。
ただそれを安売りしなかった。
人をいじるばかりで自虐をしない杏果は場のルールに従っていなかった。


自虐できないことが杏果の幅を狭めていただなんて結論にしたいわけじゃない。
自虐なんてそもそも得がないんだからしなくていいって話がしたいわけでもない。(まあそう思ってるとこはあるけど)

じゃなくて、基本的自尊感情が育っておらず自分のできないことにばかり目がいく杏果は、ももクロの「自虐」文化にうまく染まれなかっただろうなあ、と思い馳せている。

 

自分のできることの大きさが認識できず、できないことだけ肥大して理解している、自虐ができなくて謙遜だけする杏果の性格がまざまざと露呈したのが、卒業発表後の一週間だった。

 

「奇跡の5人」というこそばゆい言葉、私も使ったことはなかったけれど、それでも5人でももクロだったのに。杏果のできることもできないことも含めてももクロを構成してたのに。
それはももクロの緑にすがって有安杏果を無視した態度ではなくて、他の4人にもできることとできないことがあることは自明だし、成熟した部分と未熟な部分もあわせもった5人が集まったことそのものを奇跡と人は呼んだのに。

 


謙遜のしすぎはこうして周りを人を傷つけるんだよ。

最後の『スッキリ』でだったかな、卒業発表にあたって「誰だこいつって思ってる方も多いと思うんですけど」ってあなたは謙遜したね。

1人の戦力を失っても残った4人はこれから何十年もやっていこうと覚悟をもってるのよ。日々数多の仕事をこなしながらいま芸能界のメインストリームにいるとはいえないももクロに砂をかけたんだよ。
あなたの先回りの謙遜は残った4人の不安だ。4人はその言葉を自明のものと思ってるかもしれないけどさ、でもそれ、失礼だよね。

 

「他の4人とモノノフさんで奇跡の5人」と言ったのも、あなたを応援して評価してきた人に失礼だったって、あなたは理解したでしょうか。あとであーりんに怒られたでしょうか。


ああそんな杏果を愛してるんだよ。
あの瞬間卒業に際しての悲しみが突破して決壊した、傷ついて心は「ああ私この女好きだわ」に転化した。
愛してるよ。
自己肯定感が低いばかりに勢いあまって他人をも傷つけてしまいそれに気づかない女を私は、どうしようもなく愛してる……。

 

さあ。
推しを複雑な気持ちにさせてしまうオタクの愛なんかは無視していいから、願わくは自尊心を回復させてほしい、それだけ。

あと4人に対しては、どうか自虐に心壊されないでほしいな、と。(いじりの過ぎた他虐はもとより)

有安杏果と普通の女の子について

有安杏果は私がいちばん最初に好きになったアイドルだったしそれから6年ちょっとの間ほぼほぼ在宅だったけどずっといちばんだった。
辞める理由を考えて、考えて、やっと、ひとつの結果に対応するひとつ限りの要因なんてないんだな、というとこに落ち着いた。
これから"普通の女の子"の話をするが、有安杏果が吐き出した「疲れた」には、普通の女の子になれなかった悲哀やアイドルとして求められることへの負担だけでは表しきれない、様々な感情が含まれるのだろう。
アイドルじゃなくてアーティストになりたかっただなんて、それも事実のひとつではあろうけれども、そんな二極的単純な話には収めきることはできないと思うし、本人にも割りきれるのかどうかわからない。

その上で、それでも私は、"普通の女の子"になりたい有安杏果と"普通の女の子"でありながら"普通の女の子"ではないももいろクローバーZの話をする。
書きたいことを書いたので特にまとまってはいません。

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恋愛シグナルを発する演出の脱恋愛化を図る百合

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(『結城友奈は勇者である-鷲尾須美の章-』5話)

なんか地味~~に『結城友奈は勇者である-鷲尾須美の章-』のこのカットがグッときたんですよね。

だってご覧よ。
王道じゃないですか。
お祭り、浴衣、穴場から仰ぐ花火、微妙に近いふたりの距離、そして、そっと手を取り合う。

何万回少女漫画で繰り返されたよ。
もはやベタすぎて少女漫画でもさすがにもっとひねるわ。

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