青い月のためいき

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真矢語り2 -一騎からの解放-

蒼穹のファフナーTHE BEYOND』3話時点の記事です。
劇場上映THE BEYOND、CDドラマ『NOW HERE』、CDドラマ『THE FOLLOWER2』のネタバレを含みます。



BEYONDのOP、最高中の最高でしたね。
OPに真矢はワンカットだけ登場しました。
ひとり紅茶を飲み微笑む真矢。
金ぴか一騎のことを想っているようには到底見えません。


一騎と道は分かたれた。
という話はBEYOND直前にしました。
koorusuna.hatenablog.jp


上記事では恋愛にまつわる一騎と真矢の話をしましたが、今回はもうすこしだけ真矢の歴史に寄って整理しようと思います。
ただ、言っていることは同じです。


真矢の人生の転換点として欠かせないトピックは3つあります。

1.無印6話、翔子の死
2.無印10話、一騎から打ち明けられた本音
3.EXODUSドラマCD『THE FOLLOWER2』、今ここにいる理由の選択


いかんせん『THE FOLLOWER2』がアニメ外にも手を出す気にならないと触れる機会がないのが惜しい。
ファフナーは毎度毎度ドラマCDなしには語れないというかドラマCDも本編そのものだということが周知であるといっても、CDまで聴くのはコアファンしかいないと言うほかないでしょう。
にもかかわらずあまりに重要な情報や心理描写を展開するため、『THE FOLLOWER2』に至っても聴くのと聴かないのとではEXODUS23話以降の遠見真矢観が180度変わってしまいます。
実際発売前に書いた真矢ちゃん語りは今ではもう決定的に解釈違いです。
koorusuna.hatenablog.jp



それを踏まえた上でさっそく真矢の人生を順に振り返ります。


1.翔子の死

言うまでもなく真矢の人生に大きなものを残していった親友翔子の死。
そして、残された真矢は仲間が次々と戦闘に向かっていくなか「あたしだけなにもできない」と焦燥感を募らせていきます。

翔子は覚悟を決めて戦いぬいたという衝撃。
ただ遠くから見るだけ──病気で学校を休みがちだった翔子も同じ気持ちだったのではないかという共感。
弓子が真矢の適性データをいじっていなければ翔子より先に戦って死んでいたのは自分だったかもしれない罪悪感。

様々な思いが混ざりあって真矢は争いへと導かれていきました。

「翔子みたいに戦いたい」──ついに戦場へ赴くことになったときの真矢の覚悟はこの言葉に集約されました。

総士「それで、遠見とどんな話をしたんだ」
一騎「俺たちがいるから戦えるって。それがいちばん大事だって」

総士「決して死なない。それが、羽佐間のように戦うということの意味、だそうだ」
(『蒼穹のファフナー』CDドラマ『-NOW HERE-』)

戦うのが怖い、平和でない世界に異常を感じる。
平和を大事にするという素朴な感性を持った真矢が戦いに身を投じたのは人生における大きなターニングポイントであったにちがいありません。


2.一騎から打ち明けられた本音

一騎「遠見は俺のこと……覚えていてくれる?」

真矢「たとえどんなに変わっても……あたし、一騎くんのこと、覚えてるよ」
(『蒼穹のファフナー』10話)

真矢の青春は一騎のこの言葉に規定されました。

真矢は「平和」「日常」を象徴するヒロインとして、戦いに心を奪われてしまいそうな一騎を引き留める役割を得ました。
一騎がこぼした本音を掬うためなら一騎を全力で戦いから守りたい。
その思いが、無印で脱島事件を起こした一騎を迎えに行かせ、EXODUSで楽園の仕事より航空訓練を優先させ、ついには戦いを起こす根元を断ちに「本当の平和」を求めてエメリーと美羽について島外派遣に志願させました。
そのすべては一騎を守るため。
既に幾度とない戦闘に慣れ、身と心を削ってでも自分にできることを探していた一騎を、どうにか平和に留め置くことはできないか。それが真矢の行動原理でした。

「どんなに変わっても覚えている」。
真矢は律儀に一騎の願いを叶えていただけなのです。しかし変わってしまった一騎はもう、変わるのが怖いから覚えていてほしいなどとは思わなくなっていました。(ほんとうにひどい男)


EXODUS18話ではついに自分の意思で人を殺しました。
これがこんなにも衝撃なのは、真矢がずっと「平和」のよすが的キャラクター──対話を求めていた人間だったからです。
対話もなく、一騎(や身内)を守るために殺す。自分が守りたいものだけを守り抜きたい。
そういう真矢の性質が極限にむき出しになったのがこの発砲です。

殺されるから殺す。殺られる前に殺る。
この循環に巻き込まれてしまえば果てには際限のない憎しみの連鎖地獄が待っています。
最初はかきたてられた素朴な庇護欲から始まったのに。
一騎の平和を守りたいがばかりに、自らの平和をとことん捨ててしまった出口のない成れの果てに行き着いてしまいました。


3.今ここにいる理由の選択
『THE FOLLOWER2』は真矢が人類軍に攫われてヘスターに面会したあとの話です。
だいたい、EXO22話~『THE FOLLOWER2』~23話、という時系列です。
冒頭でも言いましたがこのドラマCDを聴いているのと聴いていないのとではEXODUS23話以降の真矢観がちがったものになります。

EXODUS23話。
同化された者を助けようとしてさらに多くの犠牲者を出すことを阻止するために交戦規定アルファ絶対遂行を信念とするダスティン。
これを擁するアルゴス小隊を、真矢はひとりで壊滅させます。
人殺しを躊躇わなくなった真矢を、当時の私は「エゴを突き詰めた姿」だと思いました。(エメリー語りと真矢ちゃん語り - 青い月のためいき

つづくヘスターをフェンリルで脅しての対話。

真矢「あなたは平和を捨てた人……。あたしの父も。あたしもそう……。生きるために、誰かを助けるためにそれ以外の人たち全部を犠牲にできる人」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』23話)

これも、「自分が好きで選んで守りたいものだけを守る」エゴのあらわれを自覚しての発言に一見見えました。

しかし『THE FOLLOWER2』で父親と論争してみせた真矢の結論は異なるものでした。

バートランド「お前は他者を犠牲にすることを選んだはずだ。あるいは仲間のために自分を犠牲にすることを」
真矢「でもそれだけじゃ人類軍ともフェストゥムとも変わらない。あたしには美羽ちゃんみたいな力もないし、お姉ちゃんみたいになれないのもわかってる。でも、二人を守るだけじゃなくて、……せめてふたりが教えてくれたことを守りたい」
バートランド「あの二人になにができるというのだ。敵意の標的になっただけではないか」
真矢「でも、お父さんがずっと否定してきたことができるんだよ。犠牲以外のものを生み出すために相手を信じることができるんだよ。すごいでしょう!?」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』CDドラマ『THE FOLLOWER2』)

自分の好きな家族だから、弓子と美羽を守る。
それが以前の真矢でした。15話で人類軍爆撃機を撃ち落とせたのも"家族"を守るためでした。

総士「ただ奪われないために 僕らは力の限り 多くのものを敵から奪い続けた」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』9話)

これは総士がシュリーナガルでアザゼルロードランナーの群れと戦ったときのことを語った遺言ですが、それを対人類のミクロな形で再現したのが15話、18話の人殺しをした真矢でした。
ただ奪われないために敵から奪う。そういう連鎖を人類軍もそしてフェストゥムも繰り返してきた。
それを漫然と反復するだけでは彼らとなにも変わりはしないと真矢は悟りました。

自分の守りたいものだけを守るのではいけない。
守るべきものは、犠牲以外のものを生み出す力すなわち対話の可能性である。

真矢は未来に到達したのです。
そしてそれは、(2.)で示した一騎への執着を真っ向から否定する選択でした。
幼い一騎の本音を守ることは、対話の可能性を切り開くのにまったく不要だからです。一騎だって本当の平和を獲得するために自分の命を使うことを選択したし、守ってほしいだなんて思っていない。空虚とわかっていながらエゴを貫いてきた真矢ですが、いよいよエゴを捨てる時が来ました。
奪われないために奪う、そういう成れの果てに行き着いてしまえば打開するしか術はない。
だから真矢はエゴよりも対話の可能性を選んだのです。

バートランド「精神の変容。お前自身の選択だ。お前はかつてのお前ではなく、こうあろうとしたお前でもない。今のお前であり、それ以外の存在ではなくなった」
真矢「海が鏡じゃなくなった……。波が引いていって、海の中に白い砂でできた道が見える。……まっすぐな道。ずっと遠くまでつづいてる」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』CDドラマ『THE FOLLOWER2』)

以前の真矢はここで砕け散りました。
「守りたいもの」の象徴だった鏡でさえなくなった。


さてふたたびアニメ本編へ戻ります。
真矢は新たな選択を終えてからアルゴス小隊を皆殺しにしました。
エゴによる決断ではなく、対話の可能性を潰して人殺しの連鎖を生む交戦規定アルファを止めるためです。

真矢「あなたは平和を捨てた人……。あたしの父も。あたしもそう……。生きるために、誰かを助けるためにそれ以外の人たち全部を犠牲にできる人」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』23話)

ヘスターへ向けたこの台詞もまた、真矢の守りたいものが「家族、仲間」ではなく「対話の可能性」へと変わったものとして見るとまたちがって聴こえます。

ところで当時の冲方丁tweetを引用します。


演出的に22話の真矢の裸は「剥奪」の意味を持つでしょう。
しかし『THE FOLLOWER2』を踏まえてみると、こじつけですが「役目を終える」に重ねて見えなくもないかな、と思えます。
新たな選択をする直前、「守りたいものだけを守る」人間だった真矢の終焉を暗示するような。
実際23話の真矢は黒いドレスで人類軍・ヘスターに挑みました。それが真矢の新たな役目。

順番は以下になります。


・真矢、キースの前でシナジェティックスーツを脱ぐ(パイロットとしての尊厳の剥奪)(エゴの終焉の暗示?)

・ヘスターとの面会(対話/決裂)

・THE FOLLOWER2(対話の可能性を選択)

アルゴス小隊殺し(対話の可能性を潰す勢力の抹消)

・ヘスターにフェンリル(対話/交渉成立)


ヘスターにフェンリルを仕掛けたとき、あと一歩で消えてしまうところで真矢は呟きました。

真矢「さよなら、一騎くん……」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』23話)

そう、真矢は一騎と決別したのです。


もう一度BEYONDのOPを見てください。
里奈彗・零央美三香・剣司咲良(衛一郎)・美羽総士と男女ペアが並んで流れていくなか、遠見真矢は、ひとり優雅に紅茶を飲んで微笑んでいるのです。
ひとりの男に執着し、しかし「この人の日常を守りたい」願いは叶わなかった。戦時下だから。未来にある本当の平和を求めたから。
その先で守りたいものを守りきれない無力さを知り、奪われないために対話なく奪うしかない現実を直視し、そしてその末に対話の可能性を守る決断をした真矢が得たものは、ひとりでだって穏やかな笑みをたたえられる大人の時間でした。
一騎に左右されることなく、依存することなく、遠見真矢は自立することができたのです。

EXODUSは、ひとりひとりが自分の役割を自覚し決断し全うする物語でした。
真矢もそのひとりとしてきっちり働くことができたのです。「あたしだけなにもできない」と不甲斐なさを感じていたあの頃の少女ではもうありません。



「さよなら、一騎くん」と一騎を守っていなくなるのならそれまでの真矢ちゃんとなにも変わりません。
そうだね真矢はそういうヒロインだったね、と一応納得はするでしょう。

でも真矢はそうじゃなかった。人殺しの連鎖を止めるために人を殺し、相互理解の難しさを痛感しながらそれを求め、未来を切り開くために死をも覚悟しました。

もはやそこに「一騎を守るため」という動機はありません。
だから決別があったのです。


もちろん真矢自身がそこまで考えて言葉を発したのではないでしょうが、結果的に未来を選択したから「さよなら」を言うような状況が生まれ一騎と別の道を歩むことになったのです。

もう真矢の人生に、存在理由に、一騎は必要ありません。


BEYONDで初めて真矢は髪を伸ばしました。
ファフナーではシリーズごとにみんなわらわらと髪型を変えます。
髪型変更は、時間の経過に伴った「変化」や「成長」を端的に表します。新シリーズのビジュアルが発表されるたび「大きくなったねえ」「髪を切れ」としみじみ言われてきました。

真矢ちゃんは今までずっとショートのままでした。
変わらぬ平和、変わらぬ日常、変わらぬ愛。
忘れないでいるには不変の部分が必要です。
大事に守ってきたものは愛でした。
EXODUSでも一騎に渡した桔梗の花言葉は「永遠の愛」です。(『蒼穹のファフナーEXODUS』一騎が受け取った花の意味 - 青い月のためいき

「精神の変容」を経た真矢の愛を向ける先はもう特定の誰かではなくなりました。
無印19話で「あたしも変わるよ」と宣言した真矢がほんとうに変わったことをぱっと見でわかりやすく示したのが、15年変えなかった髪型を変えること。
大人制服に身を包み髪を伸ばした真矢はあらゆる過去を受け入れて成長したのだと伝わってくるのです。




真矢は「必要なら俺が人類軍と戦う」と言われて「一騎くん……」と眉をひそめもします。(EXODUS25話)

今でもきらきら光る一騎を眺めて心配そうな顔だってします。
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(『蒼穹のファフナーTHE BEYOND』3話)

しかしBEYOND1-3話の間真矢は、一騎がいよいよ人間やめて心を捨てても、一度だって一騎の名前を心配そうに呼んだりしませんでした。

守りたかった一騎は、戦う前の自分を覚えてほしいと言った一騎はもういません。
そのことを真矢は理解しているし、理解しているから苦悩したEXODUSの旅すらも断ち切ったし、その上で真矢も一騎と同じように「誰かが犠牲になっても対話の可能性を守る」未来を見つめたのです。
一騎を心配することはする、一騎が平和を捨てていくのは今も嫌かもしれません。それでも真矢には、一騎よりも大事なものができてしまいました。

それが大人になるということです。
「もっとゆっくり大人になりたかった」真矢ちゃんは、この言葉をこぼしてからまったくの変容を遂げ、さらに大人になることを決断しました。それから5年経っても決断を後悔しているようには見えません。
そのことが、なにより嬉しい。

BEYONDでまた総士やセレノア(や、できればヘスター)関連でなにか役割を得て遂行することになるかもしれません。
今回(BEYOND1~3話)の総士への冷酷な態度は現時点でまだ解釈に大きな幅があっていい段階なので言及しませんでしたが。
誰にも依存しない、未来の対話の可能性を守る真矢ちゃんの行く末を心から安心して見守れることになるのが楽しみでなりません。