有安杏果と普通の女の子について
有安杏果は私がいちばん最初に好きになったアイドルだったしそれから6年ちょっとの間ほぼほぼ在宅だったけどずっといちばんだった。
辞める理由を考えて、考えて、やっと、ひとつの結果に対応するひとつ限りの要因なんてないんだな、というとこに落ち着いた。
これから"普通の女の子"の話をするが、有安杏果が吐き出した「疲れた」には、普通の女の子になれなかった悲哀やアイドルとして求められることへの負担だけでは表しきれない、様々な感情が含まれるのだろう。
アイドルじゃなくてアーティストになりたかっただなんて、それも事実のひとつではあろうけれども、そんな二極的単純な話には収めきることはできないと思うし、本人にも割りきれるのかどうかわからない。
その上で、それでも私は、"普通の女の子"になりたい有安杏果と"普通の女の子"でありながら"普通の女の子"ではないももいろクローバーZの話をする。
書きたいことを書いたので特にまとまってはいません。
発表を聞いて真っ先に監督:山戸結希、乃木坂46西野七瀬の『ごめんね、ずっと…』MVを思い出した。
「乃木坂46に入ってからは、前の自分とは全然ちがう。あの頃の西野七瀬は、もう終わったんだなって思います。前の西野七瀬は、いなくなりました」
画面が二分割され、ひとつには乃木坂46で活動する西野、もうひとつには"普通の女の子"生活を送る西野が描かれたMVだ。
さんざん言われてることだが、杏果の宣言はよくある「普通の女の子に戻りたい」ではない。
物心つくまえから22年間芸能活動をしていた杏果には「前の有安杏果」など存在しない。生まれてすらいないのだ。
山戸結希作品に出てくる女の子は皆、"普通"と"特別"の狭間で"特別"になりたいと渇望する。
"普通"のまま埋もれたくない。凡庸で退屈な人生に甘んじていたくない。特別になりたい。特別になりたいアイドルになりたい。
執拗にアイドルを撮ってきた山戸結希がももクロに目を向けないのもよくわかる。(と言いながら、山戸映画に夏菜子ちゃんなんか出てきた日にはたまらない)
彼女たちは誰も渇望してアイドルになったわけではないからだ。
特別になりたくて特別になったわけではないからだ。
去年あーりんのソロコン2016について書いた。
まさに客体と主体の話、アイドルと人間、ファンタジーとリアルの話である。
アイドルは誰のものだろう。
アイドルとしての人生は誰のものだろう。誰かのものならばアイドル本人はどこに行ってしまうんだろう。
明確な境目なんて本当はない。(中略)
そんな混沌としたあーりんこと佐々木彩夏のステージだから、アイドルが根源的に持ち合わせる「その意思は、その身体は、本当に自分なのか?」という不安定さを浮き彫りにしたのだろう。
杏果は真面目ゆえにアイドルという究極の客体をやりこなそうとした。
吉田尚記のラジオで語った「有安さんにとってアイドルとは?」という質問。
有安「大変……だなっていうふうには思いますし、私のイメージはやっぱり、いつも笑顔とか、きらきらしてるとか、どんなことがあっても、ファンタジーというか、こうね、すべてを話せるわけじゃないっていうのがアイドルかなっていうふうには思う」*1
(ミュ~コミ+プラス2018.01.19)
あーりんが客体と主体の壁を自在にすり抜けて繊細なバランスでもって"あーりん"を統括しているすぐそばで、杏果は壁と壁を愚直に反復横跳びしていた。
求められるまま客体でいるのがアイドルならばと求められるものすべてに応えようとした。
かわいい媚びを求められればきらきらの顔文字をちらしながらあざとい動画をブログにupするし、ももクロらしさを求められれば全力でコマネチもする。求められなくなればしなくなる。
ももクロは不安定さの上に成り立っている。
なぜなら「いつも笑顔」で「きらきらした」アイドルで、でありながら起伏ある感情を見せる(あるいは見えてしまう)からだ。
杏果は弱みを見せるがゆえにいちばんわかりやすかった。
笑顔をつくれないんだなあとか本当はこれがやりたいんだなあとか。
その真逆が夏菜子ちゃんだ。彼女は明るくきらきらした世間イメージと乖離するようなことを絶対に漏らさない。
ももクロが「全力」売りされていた頃しおりんが「どうして全力って言われるのかわからない」と世間とのギャップに戸惑いを隠さなかったときも、れにちゃんが実はあのとき不安でたまらなかったと吐露したときも、あーりんがわざと粗雑な言動をするときも。
夏菜子ちゃんだけは笑顔で、望まれたファンタジーを、裏表なんかなんにもないよみんなに見せてるこの姿こそが百田夏菜子なんだよと体現していた。
卒業発表後のひとりふんどしとAbemaでのふたりの表情の落差を見ていて、最初は杏果の気味悪いほど清々しいほどの笑顔に戸惑いを覚えた。
けどいまになって思うのは、あれが杏果の、求められる究極客体アイドル像への最後の誠意だったんだなと。
アイドルを、あの子はほんと真面目だから、ああいう笑顔でしか表現できなかったんだろうな。
夏菜子ちゃんは感情のまま"普通"に"自然"に笑顔をたたえることでアイドルたりえたから、笑えないときは無理にだって笑えない(無理にも笑おうとしていたけれど)。
杏果には"普通"も"自然"も最初からなかった。"普通の女の子"だった瞬間が一度もないから。
あともうひとつ、渡辺麻友卒業の対談も思い出した。
柏木 麻友には絶対なれないじゃない。だからこそ、憧れているんだよ。(中略)
麻友は生まれついての王道アイドルで、めちゃくちゃかわいくて……普通に生きていたら、こんな子は周りにいないですからね。女の子たちはわざわざお金を払ってまで、自分の手が届く存在を応援しようとは思わないんですよ。
ももクロに関していえば、男も女も関係なく、「絶対なりえないから憧れる」ところがあったはずだ。
彼女たちのようには絶対生きられないからこそ、彼女たちは特別だったし偶像だった。
そして杏果だけは、ほかの4人よりも、我々に"近かった"。
私も含めて杏果を推してる人は、そういう、ももクロと自分をつなげるための媒介者としての杏果を応援していた部分があったはずだ。
普通そういう反応をするよね、純真に夢を語るのではなく現実を見たくなるよね。
しかし常人ならぬ努力によってなんとか試練を乗り切る姿にもまた、結局私は、絶対手が届かない、杏果のようには生きられない、と羨望と憧れを抱くことになる。
杏果に"普通"である自分を投影しながら自分では追いつけない杏果を尊敬する行為が、私の杏果を推す営みだった。
結婚引退ならわかりやすくてどんなによかったか、という嘆きを発表直後よく見た。
私は絶対そんなの嫌だ。
せっかくももクロが結婚しても出産しても加齢してもアイドルをつづけて壁を越えようとしてるのに結婚を罪にするのか。それこそももクロに砂をかけるようなものだ。(川上がすぐ否定してくれてほっとした)
でも杏果の言う"普通の女の子"像にはきっと恋愛も含まれるだろう。恋愛結婚を憧れた子なのだから。
アイドル仕事をつづけながら恋愛を両立できないなんていかにも不器用な杏果らしくていとしくなってしまう。
私が危惧するのは今後杏果の恋愛や結婚が発表(報道)された場合である。
そして4人の誰も結婚しなかった場合。
"普通の女の子"になった杏果だけが結婚できて、4人は仕事をつづけたから結婚「できなかった」ね、と分断されてしまうのではないか。
私はずっと怖かった。
「結婚しても出産してもアイドルをつづける」夢を公言しつづけ、ファンもそれを望む姿が。
普通じゃないことを達成するためには"普通の女の子"も同時にこなさなければならないことが。
「オタクから金をむしるために恋愛をさせない」アイドル運営の異常さが取り沙汰されるのを横目に、おれらはそんな狭量じゃないから恋愛「してもいいんだよ」と善人面して恋愛結婚を押しつけてるのがモノノフなんだろうと、いまでも思ってる。
結局恋愛禁止の反転じゃんか。
「30ぐらいになって高城あたりが年相応に結婚を」とか言う川上にいちばん憤ってた。
だから(なんかナタリーばかりだけど)この対談が公開されてすこし救われた。
高城 私たち、メンバーみんな結婚しないとか思われがちで、個人的にもたぶんできないなって思ってるんですよ。だけど最終的にはライブ会場で「私と結婚したい人ー!」って言って集めて、一夫多妻制の逆? みたいなことを……。
百田 ねえ、待って待って。何言ってるの? 初めて聞いたよそんなの(笑)。
高城 言ってみただけ(笑)。
いやほんとれにちゃんすげえよね……。
例えばれにちゃん一妻多夫(多妻)がほんとうに実現したとして(笑)、ひとりの人と結婚した有安と相対したれにちゃんが「私なんか夫も妻もいっぱいいるもんね~」とかおどけて自慢して、有安が離婚した日には「夫ひとり分けてあげよっか?」なんて言えるんだ……。
"普通"じゃない。"普通"じゃなくていい。
不安定さを抱えながらはねのける強さをももクロは持ってる。
ごめんね。押しつけて。
私はももクロに"普通の女の子"像を壊してほしい。
どうか杏果に、"普通の女の子"なんていないんだよと教えてほしい。
ていうか"普通の女の子"だっていきなり餃子とかあんかけとか知らんレシピつくれと言われても作れないから。あの企画はほんと腹立ってた。
でもそれが"普通"かどうかも知らないのが杏果なんだ。
それこそ物心つくまえから自分を圧し殺しすぎて、なにが"普通"でなにがそうでないのかも、どういうときにどういう感情を覚えるのが自然なのかも、もうわからなくなっているのが杏果だから、"普通"を壊していけるんだって4人には言ってほしいんだ。
そして杏果は"普通"を学んだうえで"普通"を相対化させてほしい。
いままで私のアイドルでいてくれてありがとう。
これ以上つづけるともっとわからなくなるのでまとまらないまま終わります。
有安杏果さんお疲れさまでした。大好きです。
*1:その直後「(アイドルとはといわれても)なかなか一言じゃ言えない」と添えている