青い月のためいき

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「前世もの」作品の構成要素――少女漫画と少女漫画以外の相違性

引用部分色つき太字。
『花まんま』『スピリットサークル』『懲役339年』『ファンタジックチルドレン』『妖狐×僕SS』『密・リターンズ!』のネタバレあり。


前世。
それは運命のことわりによって生を越えてつづく魂の前身。
肉体が死を迎えても滅びぬ魂が新たな肉体をもって生まれ変わることわり。
身体と魂が分離した別個の存在であるとする物語。


さて、そのように世界を見た作品は世界中に根強く存在しています。
そこでのほとんどの作品は、肉体を移し変えただけで現世と前世でまったく同値の人格を取ります。
そうでなくとも、「生まれ変わる魂」への疑問を一切持ちません。

しかし全体的に見れば僅かながらそれへの疑問を指摘し運命と自我の兼ね合いに反発・葛藤・考察する作品が現れています。
本記事が言及していくのはそういった作品についてです。
よってここでの「前世もの」の定義は「生を越えてつづく自己に懐疑を抱く転生作品」とします。



生を越えてなおつづく魂はあるのか。
あるとすればそれは本当に私なのか。私を私たらしめるものとはなにか。
生を越えてつづく魂があるのならその同一性はどこにあるのか。
転生した魂は運命に巻き込まれ幾度も同じ生を繰り返すものなのか。
ではそれぞれの生は互換可能なものなのか。
であるならば今ここにいる現世の「私」に自我はなく、他の誰でもないたった一人の「私」は存在しえないのか。
前世を引きずることは現世に対して不誠実ではないのか。
現世の私は前世の魂の器でしかないのか。

「前世もの」は様々な角度からこれらを質します。
そこで問いかけているものの本質は「ここにいる私(のルーツ)とはなにか」です。
転生する魂を疑わない転生作品は「ここにいる私とはなにか」を問うことができないので、これと区別します。



「前世」と言われても、「前世」のあらゆる出来事に今ここにいる私の自我は関与していません。
前世の存在を知覚した時点でそれは「運命」を知らずのうちに背負ってしまうということです。
関与した覚えもないのに過ぎてきた過去(運命)を背負う。
私は確かに今ここにいてしまいます。その理由に過去は本当に関係があるのでしょうか。
「私」の自我は現世でのみに存在するのではなく、前世からつづいてきたものなのでしょうか。

「私」は不安になります。
今ここにいる「私」が前世と全く同じものであるなら現世固有の「私」がいなくなるから。アイデンティティーが揺らぐから。
「私」を形づくってきたルーツは現世にあると信じその自我をこそ守りたいから。

すべて前世ものは「私」と「運命」との戦いだ、と単純化できるでしょう。
前世ものでほとんどのキャラクターたちは初めから記憶を持っているのではなく、ある程度現世の自我が確立した時点で思い出す形を取ります。
守るべき自我が提示されることで「自我が前世に飲まれてはいけないのではないか」という葛藤が生まれます。

ぼく地球
今までの思い出とかどうなるのかしら
あたしは家族をとても大事にしてるし大好きだけど
木蓮さんにだって家族はあったはずなんだから家族がふたつも急に出来てしまう
輪くんはどうだったんだろう
覚醒したら今のあたし…坂口亜梨子より『木蓮』としての意識や自覚の方が強まるのかしら?
そうしたら『坂口亜梨子』はどこへ行っちゃうんだろう

(『ぼくの地球を守って日渡早紀/8巻p68-p69)

転生した「私」は(過ぎた過去という)「運命」と戦います。
「運命」に負けたら今ここにいる「私」は唯一性を失い自我がなくなってしまう。
私とはなにか。私のルーツとはなにか。
いくら魂が転生しても、「私」は現世を生きていかねばならないものです。
今ここにいる「私」は前世とは関係のないひとりの人間なのです。


「この子は、そんな名前やないっ! フミ子や。俺の妹や。おっちゃんらとは、何の関係もあらへん!」
(『花まんま』朱川湊人/p207)

『スピリットサークル』水上悟志/3巻p22
「おれはフルトゥナなんかに負けねえ!!
フォンにも ヴァンにも フロウにも!!」

(『スピリットサークル水上悟志/3巻p22)

「運命」を疑い、そして立ち向かった「私」。
そういう本質を持つ前世ものは当然のごとく、「私」が関与した自覚もない過去よりも今を大事にします。
ここにおいて「私」とは前世に拠らず現世に生きているそして生きていく自我を指します。
その「私」が過去からの呪縛に立ち向かい、そして勝つことで前世に縛られない唯一無二の「私」を確立することができます。
だから、最終的に彼らは前世の記憶を忘れたり、前世から受け継いできた力を失ったりすることもあります。
今を生きるべきだからです。

『ファンタジックチルドレン』26話 
「ヘルガとトーマの記憶はどうなるの?」
「たぶん僕たちと同じように12歳になると完全に消えてしまうだろう」

(『ファンタジックチルドレン』26話)

『天使禁猟区』由貴香織里/文庫10巻p395
「わかっとんのやろな?
お前はもう何も羽根の力もない普通の人間として生きていかなならん事…」

(『天使禁猟区由貴香織里/文庫10巻p395)


『懲役339年』ではついに、変えられないはずの「運命」を人間のつくった紛い物だとして魂の転生までをも否定しました。
つまり前世などありもしないのだと言い、"前世もの"ではなくなったのです。

『懲役339年』伊勢ともか/1巻p180
「お前は本質を捉える事が出来る奴だ。それなのに、
本当にあると思うのか!? 生まれ変わりが!!」

(『懲役339年』伊勢ともか/1巻p180)

運命への抵抗は、なにも前世ものでなくともあらゆる物語の定番、基礎類型のひとつです。
前世ものは「生を越えてつづく自我に懐疑を抱く」という定義上、過去からの呪縛を「運命」として捉えることを容易にし、それに打ち克つことで物語を生むことができます。
だから『懲役339年』は運命を欺瞞だと言い転生を否定したのです。


前世ものにおいて、運命に抵抗し運命を否定するということはつまり過去の否定となります。
必ずしも転生そのものを否定するわけではありませんが、少なくとも「前世からつづいてきた今」の螺旋を否定します。
前世と関係ない今が大事だから前世と現世を切り離しすことができるのです。

スピリットサークル』では過ぎてきた過去さえまだ決まっていないことだと断言します。
過去は変えられるものなのです。
過去でこじれて今に引き継いでしまっている悪しき運命を、過去を変えることで正そうとします。
今ここにいる「私」は前世とは関係ないものだから、過去を変えてもなんの支障もありません。

『スピリットサークル』水上悟志/5巻p23
「おれ達の娘が教えてくれたんだ
未来も過去も決まってないって」

(『スピリットサークル水上悟志/5巻p23)

妖狐×僕SS』も運命に抵抗し、過去を改変します。
前世と現世のつながりを否定してはいません。むしろつながっていると考えるからこそ、悪しき因縁のある過去を改変したのち「今」が消えるのです。
すなわちこれもまた「過去からつづく今」の否定です

『妖狐×僕SS』藤原ここあ/8巻p54
「23年前に戻って百鬼夜行を止めても止めなくても「今」は消えるんだぞ……!?」
(『妖狐×僕SS藤原ここあ/8巻p54)




さてここまで見てきたのは「運命」と「私」の戦い、対立です。
「今」を「過去からつづいてきた結果」として受け入れることなく拒絶します。
運命への抵抗という要素が物語を生むからです。

しかし、本当にそれだけが物語なのでしょうか。
過去を否定してしまったら転生して今ここにいる私の存在は一体なんなのでしょうか。私のルーツに前世はまったく関係のないものなのでしょうか。
「運命」という超自然的支配が存在しないのだとしたらなぜ魂は転生するのでしょうか。
または転生というシステムはありえないものなのでしょうか。


――それに答えをくれるのは少女漫画です。
少女漫画は運命への抵抗よりもむしろ、運命の受容により重きを置きます。
「運命の人」というフレーズを出すとわかりやすいかもしれません。
少女漫画は基本的に運命を肯定し永遠の魂の結びつきを希求するものです。(すべてがそうだとは言いません)

最初に定義したとおり前世ものは生を越えてつづく自己に懐疑を抱く転生作品です。
だから「運命への抵抗」というパターンの物語が採用されやすいのでしょう。
少女漫画の前世ものも「運命の人」を疑いにかかるため、前世の恋人と再度結ばれるかどうかは作品によりまちまちです。

しかし「私」を保つため「運命」にただ反発するだけでは事態は好転しません。
なぜか。
過去は、変えられないからです。

『妖しのセレス』渡瀬悠宇/4巻p42
「夫も子供も亡くした時…
自分の宿命(さだめ)から目をそむけようとばかりしてた
でも今はこう思てる…宿命に逆らうより――――
受け入れて立ち向かえる人間にならなって」

(『妖しのセレス渡瀬悠宇/4巻p42)

清濁併せた運命の受容。
これが少女漫画の得意とする領域です。
今は過去からつづいてきたものです。
どんなに変えてしまいたい出来事があっても前世はもう過ぎてしまった過去だし、過去があったからこそ今の「私」が存在しているのです。

『NGライフ』草凪みずほ/9巻p82,p105
何度繰り返してもシリクスは行くだろう
何度繰り返してもセレナは待ち続けるだろう
わかっている
歴史は変えられない
(『NGライフ』草凪みずほ/9巻p82)

きっと俺はふりだしに戻る
セレナを守れなかった事を悔やむだろう
「それでも俺は俺らしくあったと誇れるだろう?
そうだろう……?」

(『NGライフ』草凪みずほ/9巻p105)

『ZERO』やまざき貴子/10巻p159
幸せな夢より君がいい
間違っていたとしてもオレの真実(ほんとう)は君だから
この世界(ここ)でなきゃ君と出会えなかった
生きて 出会って
今を生きたくなる
君という存在で この世界を肯定できる

(『ZERO』やまざき貴子/10巻p159)

運命は拒否できない。過ぎし過去は戻らない。苦い思い出であろうと過去がなければこの私のいる今もなかった。
だから、受け入れるのです。過去からつづいてきた今を。
そしてすべてを肯定するのです。


ぼく地球16巻仮。
前世を知るって ただこれまでの道のりを振り返るだけのこと
現在(いま)のあたしが消えるってことじゃない…
過去があって今のあたしが存在してる

(『ぼくの地球を守って日渡早紀/17巻p168)

過去を受け入れるといっても現世固有の自我を否定するわけではありません。前世ものは「私とはなにか」を問うのですから。
「運命」と「私」のあり方を疑います。けれども対立はしません。
過去から今へとつづいてきた運命を一旦受け入れた上で、呪わしい「因縁」を未来へ引き継ぐことは阻止します。

『妖しのセレス』渡瀬悠宇/13巻p105
天女(セレス)と始祖「ミカギ」の悲しい過去
その子孫の御景家の血みどろの歴史
セレスに「羽衣(マナ)」が戻ればきっと…それも終わる

(『妖しのセレス渡瀬悠宇/13巻p105)

『ボクラノキセキ』久米田夏緒/4巻p159
(『ボクラノキセキ久米田夏緒/4巻p159)

『ボクラノキセキ』久米田夏緒
(『ボクラノキセキ久米田夏緒/5巻p17-p18)


「人の手で与えられる事に慣れては自然では強くは生きられない」
「でもこのままでは死んでしまうんじゃないのか!?」
「ならそれも運命
生きるべき場所で生き運命に従い死ぬ
それがあるべき生命の姿」

(『ボクラノキセキ久米田夏緒/4巻p159)


「あの仔ギツネに手をさしのべる道もあったのだ
出会った事で運命を変える選択肢は生まれたのだ
…それをよく覚えておいで」

(『ボクラノキセキ久米田夏緒/5巻p17-p18)

続いてきた悪しき因縁を未来へ引き渡さないよう絶つことが今の「私」の唯一性の証であり、過去を昇華し今を生きるということになります。



「私」が過去からつづく「運命」を受け入れ、清濁併せた過去を昇華し未来へ繋ぐ。
「私」がなくなるわけではありません。けれど前世がなくなるわけでもありません。

そうなると前世と今はまるきり別々の人間ではなくなります。
今ここにいる「私」を形づくってきた過去、「私」のルーツを前世に求めることになります。
よって、過去を受け入れ前世の自我を受け入れることで、過去の自分と今の自分を統合することができるようになるのです。
今の「私」の唯一性を損なうことなく、前世の自我と今が共存する――。

『妖しのセレス』渡瀬悠宇/14巻p125
「そう…私たちはひとつに解ける…これでやっと私は本来の姿に戻れる
けれど妖…あなたの人格は完全に消えるかも知れない」

「―――あたしは消えないよ
あんたは あたしなんだから―――」

(『妖しのセレス渡瀬悠宇/14巻p125)


『ボクラノキセキ』久米田夏緒/6巻p125-p126
「最初はね ?転生したんだ?って ?自分はリダだ?ってそればっかりだったけど
普通の生活送ってるとだんだん 共存…できてくるよ」
「共存…かぁ」

「なくなりはしないかな」

(『ボクラノキセキ久米田夏緒/6巻p125-p126)

『イティハーサ』水樹和佳子/15巻p30
「わたしたちはすでにわたしたちではなくわたしなのです
わたしはわたしであることを受け入れました…
わたしであることの希望と絶望の両方を…」

(『イティハーサ水樹和佳子/15巻p30)(傍点省略)

拒絶しないからそういうことができるのです。
「前世」の自我を受け入れ他者ではなしに自己として統合することが。



前世ものは通常「過去からつづく今」を拒絶します。過去と今を切り離します。
運命の非受容です。

『妖狐×僕SS』藤原ここあ/6巻p137-p138
ここはあの日々の続きではない
全てを受け入れて 前向きに今を生きるなんてできない

(『妖狐×僕SS藤原ここあ/6巻p137-p138)

だから当然前世と現世の自我の統合もしません。

『ファンタジックチルドレン』26話
「セス、あなたはトーマなの! あなたが死んだらトーマが死んでしまう
今生きてるのはトーマなのよ! お願いセス。トーマになって生きて!」
(中略)

「俺は、トーマとして生きるよ。生きよう、ヘルガ。生きるんだ。」

(『ファンタジックチルドレン』26話)(中略は引用者による)

『天使禁猟区』由貴香織里/文庫10巻p161
「アレク…!?」
「…さっきまではそうだったが…
一瞬気を緩ませた時俺は彼女の意識を…俺の意志で取り戻した
俺は刹那だ」

(『天使禁猟区由貴香織里/文庫10巻p161)

『妖狐×僕SS』藤原ここあ/11巻p258
「君はifの君を自分ではないと捉えるんだな」
「凜々蝶さまは…?」

「判らない」

(『妖狐×僕SS藤原ここあ/11巻p258)


それは少女漫画が前世と現世を地続きに考え、「過去からつづく今」をこそ運命として捉えるのと対照的です。


厳密に言うと「少女漫画だから」そうなる、というわけではありません。
少女漫画であっても運命に抵抗し自我を分離する作品もあれば、逆に少女漫画でなくとも「過去からつづく今」の受容や自我の統合が描かれる作品もあります。

『密・リターンズ!』では、キャラクターによってそれが描き分けられています。

『密・リターンズ!』八神健/7巻p103
「前世なんざおれの知ったことか」
(『密・リターンズ!』八神健/7巻p103)

『密・リターンズ!』八神健/4巻p142
「今度は外で会おうぜ」

「おたがい元の姿でね」

(『密・リターンズ!』八神健/4巻p142)

過去と現在のつながりを否定し前世と現世の自我を分離するキャラと、

『密・リターンズ!』八神健/3巻p42-p43
「ボクは過去を捨てました
あなたも…いつまでも過去にしばられないでほしい…!」

「………ごめんなさい…
………私にはどうしても忘れられない人がいるんです
(中略)
その人がいなかったら今の私はいないんです
忘れることのできない存在…どころか 私の一部なんです」

(『密・リターンズ!』八神健/3巻p42-p43)(中略は引用者による)

『密・リターンズ!』八神健/7巻p135-p137
「理都…あなたは私にさからおうというの…?」

「ちがうわ…
(中略)
あなたと私は二人でひとりだから…一緒に生きていきましょう」

(『密・リターンズ!』八神健/7巻p135-p137)(中略は引用者による)

過去と現在を地続きと捉え過去を受容し前世と現世の自我を統合するキャラに分かれています。


なので、少女漫画と少女漫画以外で厳密な区切りがあるわけではありません。
しかし傾向として大まかにそのような相違性があるのは事実だと思われます。
前世ものの特性上通常は「運命への抵抗」の物語が採用されやすいがゆえに、少女漫画以外だと「受容」まで手が回りづらいからです。


★まとめ

前世ものとは「生を越えてつづく自己に懐疑を抱く転生作品」。
よって基本的には以下の要素が当てはまる。
・運命への抵抗
・前世と現世の分離
・過去からつづく今を否定
・前世と現世の自我の非統合

「運命」と「私」が対立し、「運命」よりも現世固有の「私」が大事にされるため。

より少女漫画的な作品の場合、以下の構成要素を持つ。
・清濁併せた運命の受容
・前世と現世が地続き
・過去からつづく今の受容
・前世と現世の自我の統合

「前世もの」の特性が運命を疑わせるが、それでいてなお抵抗せずに運命を受け入れることで事態に対処する。過去からつづく今を受け入れ自我を統合することができる。




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私の根幹は『ぼくの地球を守って』だから「前世もの」がこうもせっまい定義になりました。
前世を扱った作品は古今東西たくさんあるのでこんなに探すのに苦労するとは思わなかった。
しかし長年やりたいと思っていたぼく地球分解ができてよかった。
いつかぼく地球のみストーリーに絞った考察をやりたいんだけどネタがない。気長にいこう。

追記
ぼく地球について書きました。
koorusuna.hatenablog.jp