青い月のためいき

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『蒼穹のファフナー EXODUS』における「人間らしさ」とは何か

引用部分色つき太字。
蒼穹のファフナー EXODUS』13話終了時点での記事です。



蒼穹のファフナー』において「人間」とはどういう存在か。
フェストゥムという未知の生命体を据えたことで、この作品は繰り返しそのことを問いかけてきました。
それがすなわち「あなたはそこにいますか」というテーマであり、「心を持つ」「個の確立」であったと。


無印第1期『蒼穹のファフナー』での「人間」とは「フェストゥムとは違って心を持ち個を確立する者」でした。

真矢「お父さんはフェストゥムとどう違うの?」(『蒼穹のファフナー』18話)
史彦「フェストゥムは……泣かない」(『蒼穹のファフナー』20話)

といった台詞は、フェストゥムを通して「人間」を定義する言葉です。

蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』では来主操というフェストゥムがその定義を揺るがし、人とフェストゥムの境目を曖昧化させました。
蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH』という作品は、フェストゥムが心を持ち個を確立させた物語だったからです。
それゆえに人類軍が核を落とした際には「同じ人間がここにいるんだぞ!」という台詞が繰り出され、人間とフェストゥムの立ち位置を撹乱したのです。




さてそこでEXODUS。
竜宮島、フェストゥム、人類軍の群像劇を描くにあたり再度「人間とは何か?」を問い直すことを余儀なくされました。
もはやフェストゥムと対比させる形で人間を配置させることができなくなったからです。

ではどのように「人間」を描いていくか?
この布石を、今までの13話で敷いてきたのだと思います。
その布石とは何か。
答えはずばり、『にんげんっていいな』でしょう。

にんげんっていいな

「おいしいおやつにほかほかごはん こどものかえりを まってるだろな」
「みんなでなかよくポチャポチャおふろ あったかいふとんで ねむるんだろな」(『にんげんっていいな』作詞山口あかり)



「食」「風呂」「睡眠」。
EXODUSでこれらは繰り返し描写されています。
食に関しては挙げれば切りがないほどですが、『にんげんっていいな』では「おやつ」と「ごはん」が分けられています。
そこで、「ごはん」「睡眠」/「おやつ」「風呂」のふたつに区分してみましょう。



『蒼穹のファフナーEXODUS』5話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』5話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』12話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』12話)




『蒼穹のファフナーEXODUS』6話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』6話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』8話
一騎「とりあえず寝るよ」(『蒼穹のファフナー EXODUS』8話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)




「ごはん」と「睡眠」は生命を維持するのに欠かせないものです。なければ死にます。
だから10話で真矢は弓子に問いかけたのです。
『蒼穹のファフナーEXODUS』10話
真矢「お姉ちゃんずっと寝てないんでしょ。何か食べた? 食べるもの持ってこようか」
弓子「いいの。今は必要ないから」(『蒼穹のファフナー EXODUS』10話)

こうして弓子の異質性が浮かび上がります。



また、竜宮島のファフナーパイロットたちに現れた日常のSDP現象ですが、芹は同化能力のせいで食べ物を同化で摂取するようになり、里奈は異常な眠気に襲われ昏睡状態になります。
これは過ぎたるは及ばざるが如し、生命として必要な活動を歪ませることで、異常性と悲壮感を煽る格好の描出だと思います。



そしてショコラも生命活動しているので、「ごはん」も「睡眠」も描かれます。やたら描かれます。

『蒼穹のファフナーEXODUS』5話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』5話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)





「ごはん」と「睡眠」に対して、「おやつ」と「風呂」は生命維持という点で必ずしも必要にはなりません。
生きるか死ぬかの瀬戸際では考えられない、生活の余裕がなければできない道楽なのです。
それは取りも直さず人としての心を持つということです。

ファフナーシリーズにおいて、ただ生き延びているだけの状態は良しとされていません。
摂食し睡眠をとり命を保つだけでは人とは言えないのです。
心があってこそ平和を享受でき、平和を享受できてこそおやつを嗜み入浴することができる。
それが人間らしくあれる姿だと謳うのです。


そのため、カノンの好物が甘いものであることは大きな意味を持ちます。

人類軍時代は食事を「栄養の摂取」としか見なしていなかったカノン。

『蒼穹のファフナー』21話
カノン「速やかな栄養の摂取は訓練の基礎だ」(『蒼穹のファフナー』21話)


竜宮島に馴染んで平和な時を過ごしてこれたからこそ、甘いものを楽しむ人間らしい余裕を持てたのです。

『蒼穹のファフナーEXODUS』1話
一騎「カノンはメロンフロートと……はい」(『蒼穹のファフナー EXODUS』1話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』3話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』3話)

カノン「ずっと孤独だった。自分の考えを持つことも諦めていた。でも一騎やお前や島のみんなが私を変えてくれた」(『蒼穹のファフナー EXODUS』3話)

カノンがアイスを食べながらそう言ったのは、まさに「甘いものが好物になるほど島に馴染み心を持てるようになった」ことを表しているのでしょう。



また、美三香に日常SDP現象が現れ始めたときシールド拡大化につれてケーキが遠ざかってしまったのは、言ってみれば平和が遠ざかっていくという演出です。

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)

ごはんや睡眠が遠ざかるわけではないので命は守られます。
しかし人としての姿や心は守られなくなっていく、とここで暗示しているのです。






『蒼穹のファフナーEXODUS』8話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』8話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)

風呂もまた一種の道楽です。
中世ヨーロッパではほとんど風呂に入らなかったそうで、今でも一生入らない民族も存在します。
理由は充分な水と浄水施設がないからです。
「湯水のように水を使うのは日本くらい」と冲方さんも指摘してましたが、毎日湯船に浸かる竜宮島島民の姿はそのまま平和で豊かな生活を描写していると言えましょう。
第2クール告知PVで派遣組がシャワーを浴びられたのも「安穏のひととき」の表れでしょうね。
まだかれらが心を持てている証です。





つまり。
「人間」でいるためには、命を保つことも人としての姿や心も必要であるということです。

史彦「今は戦いに心と命を奪われない道があると後輩たちに示してやれ」(『蒼穹のファフナー EXODUS』4話)

織姫「島がかれらの命を守っている」「命以外のものまで守られるわけじゃない。人としての姿や心までは」(『蒼穹のファフナー EXODUS』12話)

そうして『蒼穹のファフナー EXODUS』では、人間を「命と心を持つ者」と再定義したのです。
作中繰り返される「命」と「心」の具体的内容とは、「ごはん」「睡眠」「おやつ」「風呂」だと言いたいわけです。


ここまで明確に「人間」を規定する必要があったのは、先に述べたように人間とフェストゥムの相違が曖昧になったからです。
無印(以前)からHAEまでの積み重ねはもちろん、EXODUSでそれは一層深化しました。
総士ばかりか弓子や芹までフェストゥムに生かされているし、エメリーはフェストゥム並みに心を読めるし、島のファフナーパイロットは日常SDPに侵されるし、一騎に至ってはただのシャイニーです。
もはや人とフェストゥムを区別するのも馬鹿馬鹿しくなっているのです。
だからこそ、人とフェストゥムの落としどころを探るために一旦境を明確にすることが不可欠なのです。


そういう意味で、フェストゥムの体を持った総士が物を食べ、

『蒼穹のファフナーEXODUS』3話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』3話)

よく寝て、

『蒼穹のファフナーEXODUS』9話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』9話)

シャワーを浴びる

『蒼穹のファフナーEXODUS』第2クール告知PV
(『蒼穹のファフナー EXODUS』第2クール告知PV)

のは大事な描写です。
けしてサービスシーンではないんです。けして!
(しかし好きな女の子が突然全裸で降ってきた☆とかのラッキースケベ的シチュエーションを物語上深刻に意味づけて展開できるのすげえよな)


織姫ちゃんは「ごはん」も「睡眠」も「おやつ」も「風呂」も全て描かれています。

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』8話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』8話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)

『蒼穹のファフナーEXODUS』11話
(『蒼穹のファフナー EXODUS』11話)


神秘性を保とうとした乙姫ちゃんとは対照的に、その人間らしさを印象付けるための表現だと思います。



アザゼル型同士の食い合い、一騎の「まだ機体に食われたりしない」発言等、今後ともこれらがどう描かれていくか非常に楽しみです。

目下注目すべきは来主操のミールですね。
操は一騎カレーを食べましたが、フェストゥムに食べ物は必要でないので、この行為は「娯楽」という意味のみを持ち得ます。
EXODUSで規定した「人間」を再度撹乱させる可能性をかれは秘めているのです。

さて心を持ったフェストゥムがどう「人間」のものに関わっていくのか。
それが『蒼穹のファフナー EXODUS』の落としどころを探る鍵となりそうです。



そういえば、『にんげんっていいな』の「こどものかえりを まってるだろな」の部分、なんかHAEはまさにそういう「帰る場所」がテーマの健気な話だったと思うんですけど、今回シュリーナガル派遣組を島ごと迎えにいこうとしてたり大分アクティブだね? 待ちきれなくなったよね?
「待ってる」って言ったの、5話の芹から広登だけだったか。
第2クール告知PV第1弾で一騎が「ずっと待ってた……ずっと」と発言しているし、待つこともまた(人として)重要であることは確実なようだけど。
まあ「帰る場所」は通底するテーマだ。



追記:
そういえば一騎は寝てるし食べてるけど、風呂とお菓子シーンはもしかするとないかもしれないんだな……。
にんげんやめる可能性のある一騎。目下例のシャワーシーンがあるかどうかに注目ですね。

追記2:
最終回が終わりました。
全体を振り返ってのフードまとめはこっちに書きました。
remain.hatenablog.jp


追記3
THE BEYOND1-3話終了時に以下を書きました。
koorusuna.hatenablog.jp