青い月のためいき

百合とかBLとか非異性愛とかジェンダーとかを考えるオタク

『かぐや様は告らせたい』15巻 男女のあり方を探る恋愛

アニメ化前の1巻無料キャンペーンで読んでまんまとハマりました。『かぐや様は告らせたい』。

ブコメが好きなんです。
そもそも、恋愛まんがが、好き。


なぜ中でもラブコメが好きかといえば、キャラクターの個性が豊かだからです。
もっと言うと、恋愛まんがが好きなのに、たいていの異性恋愛まんがは「男であること」「女であること」が第一義的に重要視されてしまうためあまり楽しめない、けれどラブコメであれば「男/女であること」よりもキャラの個性が前面に出されるので邪念なく楽しむことができるから、です。(長い)

壁ドンとか鉄棒告白とかもういい!
キャラがわちゃわちゃとかわいければそれでいい!
わちゃわちゃいちゃいちゃ笑わせてくれ!


しかし、しかしです。ラブコメにもトラップがある。
私がラブコメでいちばん悲しいこと。

「あんなに個性的だったキャラクターが、恋愛に染まるにつれてジェンダーロールを踏襲し個性が薄まってしまう」こと──……。



もちろんそれをクリアーしてるラブコメもあるんです。
でも、あんなにヘタレだった男が急にイケメンムーヴかましたりとか、あんなに強いツンデレだった女が急にしおらしくなってデレデレになったりとか、きみそんな子じゃなかったよね?!と言いたくなることしばしば。

それまでのキャラと照らし合わせれば「らしくない」はずなのに、男だから/女だからなんとなく新しいキャラ像が受け入れられてしまう、それが許せないんです。

特にヘタレ男の急躍進には悲しいものがあります。
ふたりの仲を進めるために、キャラを無理させているように見えてしまう。
まるで「男が男らしく頑張らなければいけない」と言われているかのようです。「男らしくしなければ、ふたりの恋愛は発展しない」と。



だから『かぐや様は告らせたい』、5巻収録の「花火の音は聞こえない」に私はがっかりさせられたのです。


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(『かぐや様は告らせたい』5巻p98 赤坂アカ

会長、そんなかっこいいこと言うキャラじゃなかったよね??


事実、次の話では「テンションが上がっていたためガンギマっていただけで後日悶絶ものの黒歴史となった」という言い訳が挿話されます。
らしくないことをしてしまった、なんて、キャラクターまんがの敗北ではないですか。
その後「会長はテンションが上がると積極的になる」とキャラ付けされていきますが、やっぱり普段とは明らかに別人。



ここまでならば愚痴です。
しかし、このラブコメまんがはここで終わりませんでした。



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(『かぐや様は告らせたい』14巻p84 赤坂アカ

文化祭回。
会長はむちゃくちゃ頑張りました。
生徒会長権限をフル活用して出し物の配置や時間まで調整し、意味深な謎解きを用意して当日校内のハート型風船をすべて盗み、仕掛けのための巨大オブジェを作り込み、ついにはふたりきりの屋上でキャンプファイヤーを利用してハート型風船を解き放ち告白。
名づけて「ウルトラロマンティック作戦」。

謎解きの予告状には「Arsene」──男らしく、を刻んで。


会長が頑張りすぎるほど頑張る人だというのは初期から示されていました。
5巻の花火回でも、その努力家なところがロマンティックを作り出していた。
これはその延長線上にある。
頂点がこのウルトラロマンティック作戦です。



かぐや様からキスを返してもらい、この一世一代の告白は成功と見ていいでしょう。
男らしく、惚れた女に覚悟決めて告白した男の恋愛まんが。言ってしまえばジェンダーロールに巻き込まれている。
結局いつものヘタレのままでは異性愛をやることはできないのか……。


しかしふたりはここで結ばれませんでした。
結ばれるのは15巻です。(もう発売してだいぶ経つけど)


15巻のテーマは「弱み」。

完璧でないと誰からも見向きもされない自分に、会長は苦悩します。

男らしくなければ、頑張らなければ好きになってもらえない。ありのままではいけない。女は男らしい男が好きなのだから。
という、呪い。


その昔、いや今もあるのだか知りませんが、少女まんがでは「女らしくないことがコンプレックスの主人公を男が見初め、主人公の女の子らしさを指摘し認めてあげる」というテンプレがありました。
そのままのきみでも充分女の子らしいよ、という肯定。
「女」というジェンダー規範は受動を主とするのでそれができました。
しかし「男」ジェンダーは能動が求められるため、「ありのままでも充分男らしいよ」には説得力がない。
そもそもそういう仕方の肯定では男らしさ女らしさの呪いからは一歩も逃れられていません。


『かぐや様』はそこに切り込みました。

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(『かぐや様は告らせたい』15巻p164 赤坂アカ


完璧じゃなくても、いい。
頑張る会長だけが好きなのではない。
かぐや様から、男らしくない会長への肯定です。
こうして虚勢を剥がして初めて個性が見える。

頑張りすぎる会長もそれはそれで個性です。
しかし、頑張りすぎるところだけを見せていてはありのままとは言えない。男らしいところだけが会長のすべてではありません。


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(『かぐや様は告らせたい』15巻p192 赤坂アカ


虚勢が剥がれて残ったのは、ただの人と人。
男らしい男はつねに女を引っ張っていくものかもしれません。
けれどただの人と人は寄り添いあって生きていくことができるのです。
それが『かぐや様』が出した答えです。





感動……。
現代においてあるべき男像が変化してきているのを感じます。
もちろん「そもそも女と付き合わねば男として欠陥品」といった、男らしさ最大の呪いへは批判できていないのですが、恋愛ものにそれを求めるのは筋違いなので。
恋愛ものからのアプローチとしてはおよそ貶すところのない、最高の答えだと思います。