青い月のためいき

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『ひそねとまそたん』女にとって男との恋愛は重要か?

※本エントリは『ひそねとまそたん』の重大なネタバレがあります。


女にとって男との恋愛は人生における最重要事項である。
という命題は普遍的に真でしょうか。

本当にそれだけが女の人生か?
はたまた異性愛を捨ててでも仕事に生きるべきか?
男に選ばれた女は勝ち組か?
男を選ばなかった女はさびしく干からびていくしかないのか?

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ひそねとまそたん』は変態飛翔生体とそれを操縦する女性パイロット(Dパイ)とのかかわりを通して、多様な女のあり方をさらりと描き出しました。



変態飛翔生体との情緒的な依存関係によって飛空が可能となる本作。
依存関係が成立しえなくなったとき、Dパイはドラゴンに「搭乗」することができなくなり、関係が解消されます。

作中で明かされる、関係解消の原因になるのは、ずばり「恋愛感情」です。




・元Dパイ森山の場合

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ひそね「じゃ、じゃあDパイ辞めたのって……」
森山「できちゃったからねー」

森山「できちゃったからなんて嘘……本当はオスカーが乗せてくれなくなっただけなんですよね」
柿保「だからって男に逃げて飛べなくなるんじゃ世話ないわ」
(『ひそねとまそたん』3話)

本作はまず、ドラゴンに乗れなくなった元パイロットを一抹の悲哀と共に配置します。
依存関係の終了に恋愛がかかわることを示唆します。



・ひそねと絵瑠の恋

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(『ひそねとまそたん』9話)

そして現Dパイである彼女たちにもそのときが訪れました。
男への恋愛感情が芽生えたふたりはドラゴンに拒絶され、乗れなくなるのです。


それまでアイデンティティになるくらい捧げてきた人生の道を恋愛が妨げる。
女にとって男との恋愛が人生の最重要事項だからでしょうか。

ひそねとまそたん』は、最重要事項が、今までのいちばん特別なものから男へと取って変わる瞬間の混乱を描いています。
男に恋をしたという荷物の重さ。
男との恋愛(ひいては結婚妊娠出産育児)と引き換えに、急に今までの最重要事項を捨てなければいけない残酷さを。

男との恋愛が最重要事項だから人生が一変するというより、むしろ本作は、一面的にではあるものの女にとって恋愛が最重要事項にならざるをえない構造そのものを暴いているといえます。
恋愛が人生に嫌でも大きな影響をもたらしてくる、だから女にとって恋愛がいちばん大事になることの。


とはいえ作中では恋愛によって引き起こされる「感情」が主眼になります。
ドラゴンへの依存と男への恋愛を対立させているということは、つまり恋愛感情にはドラゴンへの依存感情を覆すほどの威力があると言っているのです。
だって例えばひそねで言えば、親や飼い猫など大切なものが既に存在しながらもドラゴンに依存することができた、にもかかわらず恋を自覚した途端に拒絶されたわけですから。

「女にとって男との恋愛は人生における最重要事項である」命題を積極的に補強するように、恋愛というものがあまりにも自然にいちばんの特別であることを疑いません。




疑いません……でした。ラストまでは。
ここからが本題です。

ひそねとまそたん』はそんなヘテロロマンティックラブイデオロギーを築き上げておきながら、それをひっくり返したのです。


・甘粕ひそねの場合

男に恋したひそねの結論はまそたんから離れることではありませんでした。
しかしながら、恋愛を捨て去ることでもありません。
ひそねは「いちばん特別」を、男からまそたんへと移行させました。

ひそね「私の大切な人たちって小此木さんも含めてみんな……まそたんと出会ったから出会えた人たちなんです!」

ひそね「つまり! そのきっかけを作ってくれたまそたんがいちばん大切ってことだから! その気持ちがまそたんに届けば! 私はきっとまそたんに乗れると思うんです!」

(『ひそねとまそたん』12話)

一次的に感情として揺らいだ「いちばん特別」を、ひそねは恋愛ではなくドラゴンに置きなおしました。
ひそねは男への恋愛感情は抱いたまま再度まそたんに乗れるようになります。
恋愛はもはや最大依存感情ではありません。
いちばんの特別はドラゴンへ。二番以降に恋愛が。

ひそねは自ら恋愛感情の優先順位を下げ、人生に大きな影響を及ぼすものとしての恋愛を強引に退け、恋愛を相対化させたのでした。




さてさて『ひそねとまそたん』はこのへんの、「女にとっての男との恋愛と人生選択」を実に意識して多層的に描いています。
ひそねの場合だけでなく、以下5人のキャラクターにも表れているので順に見ていきます。


・星野絵瑠の場合

もうひとり、恋愛感情から搭乗できなくなった星野絵瑠。
相手の男は、絵瑠が自分への恋愛感情のせいで乗れなくなったと知ると、上からの指示で絵瑠をこっぴどく振ります。
これにより絵瑠は目を覚まして恋愛感情を断ち切り、ドラゴンとの依存関係を再構築させるのです。

絵瑠「ノーマは私のすべてです……どうしてノーマ以外のことに心を動かされてしまったんだろう」

絵瑠「私は! ノーマを裏切りません! 私は夢に生きます! ノーマと2人でどこまでも飛んでいきたいんです!」
(『ひそねとまそたん』10話)

恋愛よりもドラゴンが大事。自分が築き上げてきた職務上の地位がいちばん特別。
それが彼女の人生選択です。

しかし任務完了後、男との恋愛が仕事を阻まなくなったときに、絵瑠は男との関係も取り戻したのでした。*1

ひそねと絵瑠、ふたりの選択は、ドラゴンも恋愛も大切であること。
ふたりは迷いながらもどちらかを捨てるだけの人生を選びませんでした。


・絹番莉々子、日登美真弓の場合

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「ほら尾長さん! 電話番号聞いといたほうがいいんじゃないっすかあ?」
「なな……なにをぉ!」

莉々子「教えてあげないんですか?」
日登美「うーん……直接聞かれたらね」
莉々子「割とドライなんですね」
日登美「りりこすは連絡先誰かと交換したりしないの?」
莉々子「そうですねえ、キングダムならちょっと」
(『ひそねとまそたん』12話)

4人いるDパイのうち、半分は恋愛しましたが、残りの半分はしませんでした。
このバランス感覚。
恋愛に興味のない女がふたりいるというのもポイントです。
趣味(キングダム)しか眼中にない女。
かわいがる家族であり友達でありパートナーであるドラゴンをいちばん特別に想う女。
「男との恋愛に興味ない」も一辺倒ではなく幅があることが示されます。

・貝崎名緒の場合

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セクハラ野郎に憧れを抱きながら女体にしか興味のない彼に無視されつづけ、Dパイ候補生でありながらドラゴンには選ばれなかった貝崎名緒。

幾嶋「すっかり整備士の顔になったね」
名緒「うす! 幾嶋さんのおかげです!」
幾嶋「そのことなんだが……考え直してはもらえないかな? 貝崎くんのジュニアサイズに向き合った結果、新たなポッシビリティが芽生えてきてね。幼女ものの新スーツを……」
名緒「絶対考え直しません」
(『ひそねとまそたん』12話)

才能もなければ恋愛事にも関わらないし憧れの人からはセクハラ三昧。
それなのに「負け組」のように描かれない。
セクハラにも搾取されずに言いたいことは言う努力家小ヤンキーな彼女を配置した『ひそまそ』の絶妙さは本編を確認してくださいとしか言いようがありません。
最後には努力によって自分なりの居場所を得るのが感動的です。

・元Dパイ樋本貞の場合

貞「私にもね……いたのよ、想い人」
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(『ひそねとまそたん』10話、11話)

極めつけに百合!!!
74年前に"マツリゴト"を遂行した元Dパイの貞さん。
貞さんがドラゴンとの依存関係を解消した理由は男への恋愛感情ではなく女への恋愛感情なのでした。

貞「私はモンパルナスに全てを捧げようと決意した。けれどモンパルナスは私を拒否するようになった。当たり前よね。私はモンパルナスとひとつになりたいと願ったわけじゃない。八重ちゃんが命をかけて全うしたマツリゴトを今度も必ず成し遂げる……私が願うのはそれだけ」
(『ひそねとまそたん』12話)

居場所を揺るがすほど女の人生を変える感情をもたらすのは女。
そんな女の人生だってあるのです。



男との恋愛によってもうひとつの人生を強制的に諦めさせられる女。(過去)

男との恋愛よりもドラゴンが大切だと選択しなおすが恋愛も切り捨てない女。

男への恋愛感情を断ち切り空に生き、任務を終えてから男との恋愛選択へと向かう女。

男との恋愛に興味のない女。

憧れの仕事Dパイのポジションも手に入らないがかといって特に男もあてがわれない、しかし卑屈にもならず仕事で居場所を得る女。

人生に深く関わるのは男ではなく女な女。


男との恋愛が大きな転機になるだけが女の人生ではありません。
男との恋愛を確認しつつ、それを否定しないままに、それだけじゃない選択肢を広げバラエティに富んだ女の人生を描いたのが『ひそねとまそたん』なのでした。

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*1:しかしこの男が中盤までずっっとセクハラ三昧で、絵瑠との恋愛でそれが免責されるのがちょっと気に入りません私は……。というか本作セクハラのオンパレードなのでこういうエントリを読むタイプの人はそのへん考慮してから見てほしい。セクハラ肯定はしてないし、自衛隊舞台で個VS全の対立テーマをぶちこむなどとても面白いんですが