読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

青い月のためいき

少女漫画とかアニメとかセクシャリティとかの考察・分析。

『蒼穹のファフナーEXODUS』一騎が受け取った花の意味

※『蒼穹のファフナーEXODUS』第11巻付属CDドラマ『THE FOLLOWER2』のネタバレあり。

考察。検証しようがないので仮説です。



f:id:koorusuna:20170214145303p:plain
一騎「翔子の誕生日か」
真矢「一騎くんも。一日早いけど、お誕生日おめでとう」
一騎「成人式を手伝うって、剣司と約束した。ありがとな、いつも思い出させてくれて」

(『蒼穹のファフナーEXODUS』21話)

f:id:koorusuna:20170214145319p:plain
一騎「俺は……まだ! ここにいるぞ!!」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』21話)

f:id:koorusuna:20170222031643p:plain
一騎「昔、自分なんかいなくなればいいと思ってファフナーに乗った。……なのに、自分がいる理由を探して、ずっと乗りつづけた。……選ぶよ。まだ俺にも、命の使い道があるなら、それを知るために生きたい」
カノン「お前は世界の傷を塞ぎ、存在と痛みを調和させる者。我々はお前によって、世界を祝福する」

(『蒼穹のファフナーEXODUS』24話)


21話にて初めて登場し、翔子の誕生日祝いを込めて海へ流され、真矢から一騎に手渡され、直後(作中約二か月後)一騎の右腕の同化現象とともに散り、24話にて再度カノンの傍らで翔子から一騎に贈られたこの青紫の花。
見るにおそらく桔梗と思われます。

その描写の意味するところがわかるような、わからないようなもやもやした気持ちを持て余し、やっとどれ自分なりに解釈してみようかという気になりました。





桔梗の花言葉には「変わらぬ愛」「優しい愛情」「優しい温かさ」「誠実」「変わらぬ心」「永遠の愛」等が挙げられます。
ここから見えるのは、他者へのひたむきな愛情でしょう。*1
真矢から一騎への想いはまごうことなく愛でしょうし、これは翔子とカノンにも共通する思慕です。
だから愛の結晶であることに疑いはない。
しかしそれが一度散り、一騎がふたたび受け取ったことの意味はなんでしょうか?


右腕と桔梗

まず桔梗が散るのと同時に一度もがれ、調和によって再度生えてきた一騎の右腕とのリンクがうかがえます。

一騎の右腕といえばもちろん総士を傷つけた右。
傷を負わせた罪悪感の証が「傷を塞ぎ存在と痛みを調和させる」ものとして生え変わったのは、存在の証としての傷を負った総士の目が見えるようになり"傷を塞がれた"姿で生まれ変わったことと対応しているのでしょう。

そんな右腕とそろって散ったのが桔梗です。そしてふたたび桔梗を受け取って再生したのが右腕なのです。

「右手」というキーワードは一騎を眺める上でつねに意識される総士との絆です。
一方桔梗は「一緒に島へ帰ろう」と一騎と真矢の関係が一旦収束してから現れ、やや唐突な印象を受けます。
ということは、桔梗は一騎と真矢がすれ違い関係が活性化していたEXODUSの一連の流れとは少し別の階層に位置づけられ、小物それそのものは唐突であっても類似したシチュエーションは過去から導けるのではないかと推測できます。


一騎と真矢と座標と桔梗

一騎と真矢の関係で思い出されるのは、無印24話「W175 N57」の座標です。

真矢「みんな、腕を貸して!」
一騎「腕?」
真矢「うん」
(中略)
真矢「ちゃんと帰ってくるっていう約束の文字」
(中略)
一騎「遠見。お前のぶん、俺に書かせてくれ」
真矢「……うん。お願い」

f:id:koorusuna:20170214145227p:plain
一騎「まだだ! 俺たちは、まだ……ここにいる!」
総士「一騎……」
一騎「まだ! ここに!!」

(『蒼穹のファフナー』24話、26話)

一騎「遠見! 誕生日おめでとう」
真矢「えっ?」
一騎「今日だろ、11月11日」
真矢「あたし……忘れてた」
一騎「帰ったらお祝いしよう、島の人たちと一緒に」

f:id:koorusuna:20170214145319p:plain
一騎「俺は……まだ! ここにいるぞ!!」

(『蒼穹のファフナーEXODUS』21話)

真矢が「平和な日常世界としての帰る場所」を思い出させて提供し、それに呼応して一騎が真矢に同じように「帰る場所」を与え返す。相互にふたりが平和な居場所を思い出させあい、預けあい、忘れないようにする。
これは無印10話で「遠見は……俺のこと、覚えていてくれる?」と一騎が真矢にこぼしたときから始まった、変わらぬ関係です。

参考:

真矢「あたし、ファフナーに乗る前の一騎くんのこと、絶対に忘れないよ。……だから一騎くんもみんなが元気だったころのことを、忘れないで。戦いばかりにならないで」
一騎「遠見は誰かのぶんまで思い出を大事にしてくれるんだな。だから、一緒にいると安心するのかな」

(『蒼穹のファフナー』24話)

戦う前の一騎を覚えているから、一騎がそれを求めていたから、一騎に穏やかな生活を与えたいから、真矢は一騎に居場所を与える。
座標も桔梗も、真矢から一騎に贈られた居場所です。


しかし、一騎はその居場所を散らします。
「俺はまだここにいる!」と叫びながら散った桔梗に見えるのは引き裂かれた座標のリフレインではないでしょうか。
確固として定めた平和で穏やかな自分の帰る場所でさえ、無を前に力尽きて、消し飛ばされてしまう。「まだここにいる」ことが人の力ではかなわない。
つまりここまでは無印とEXODUSどちらも同じことを表しているのです。


エゴからの解脱

もちろんまったく同じ描写ではEXODUSの意味がありません。

無印第一期において、結局一騎は総士を救えず、ひとりだけ存在を取り戻し島に帰還を果たします。
そのとき座標は一騎の右腕に刻と刻まれたままでした。かつていなくなりたい理由であった右腕に刻まれたのは、ここにいることを選んだ刻印でした。

f:id:koorusuna:20170214145359p:plain
(『蒼穹のファフナー』26話)


EXODUSではちがいます。
散った花は島における存在と無の地平線の場所で翔子から贈られました。

「昔、自分なんかいなくなればいいと思ってファフナーに乗った。……なのに、自分がいる理由を探して、ずっと乗りつづけた。……選ぶよ。まだ俺にも、命の使い道があるなら、それを知るために生きたい」
(『蒼穹のファフナーEXODUS』24話)

自己中心のエゴを捨てきれなかった一騎が、新たに自分の存在理由を獲得し生まれ変わる。
新たな選択とともに花を受けとった一騎が示す意味はなんでしょうか。

ここでドラマCD『THE FOLLOWER2』を参照してみます。

このドラマCDは一騎の腕と桔梗が散ってからふたたび目覚めるまでの時間の一騎と総士と真矢を切り取ったCDでした。
テーマは「古きを捨て新たな未来を求めること」。そしてそれはそのまま「エゴの否定」です。
総士は竜宮島だけを守る島のエゴを、真矢は自分の守りたいものだけを守るエゴを捨てました。それより先にカノンは一騎とふたりで生きる未来というエゴを捨てていました。

そして一騎もまた、24話で示されたように、自分の存在理由を求めて戦いに向かうエゴを捨てたのです。



そう見るならば、「右腕の座標」と「右腕と桔梗」の対比関係は、「エゴの否定」が付加されることでその意味を異にします。

「右腕の座標」。
いなくなりたかった理由に刻まれたここにいる印。戦いばかりにならずに平和が保たれた帰る場所。
総士を引き留めることがかなわず、ひとり存在を取り戻した一騎。
これが一騎のエゴの限界です。

「右腕と桔梗」とはすなわち、「いなくなりたい気持ちとここにいたい気持ちの自家撞着、自分のために戦いを求めた根源」と「帰る場所」。
それらを失った一騎は、エゴを捨て、自分のために戦ってきた過去を払拭します。
その先で得たのは、新しい意味を持った右腕と桔梗でした。


右腕と桔梗の新しい意味

利己心を捨てた利他行為――これを人は愛と呼びます。

翔子は自分の体よりも一騎のいる島を選び、カノンは自分の本当の望みより島の未来を選び、真矢は守りたいものだけを大事にするより未来の対話を選んだ。
かれらの選択は利他的な愛でした。

時系列を見ると、「真矢が一騎に桔梗を贈る→桔梗が散る(21話)→一騎と真矢が新たな選択をする(THE FOLLOWER2)→翔子が一騎に桔梗を贈る(24話)」となります。
真矢の愛もまた生まれ変わったということです。


いま一度桔梗の花言葉を見てみます。
「優しい愛情」「変わらぬ愛」「優しい温かさ」「誠実」「変わらぬ心」「永遠の愛」

その愛の結晶たる桔梗を一騎は受け取ったのです。
かれらと同じように、利己ではなく、利他に生きるために。
未来の対話を求めて命の使い道を探すために。

無印最終話、存在と無の地平線にて、存在を渇望した一騎は座標を引き裂かれても「俺たちはまだここにいる」と総士を引き上げようとしました。
EXODUS最終話でエゴを捨てた一騎は、「待て、総士、俺も」ととっさに総士に着いて自身の存在を手放せるようになりました。そして「未来へ導く」という自分の命の使い道を指南に、思いとどまって総士を見送ることができました。

f:id:koorusuna:20170214145349p:plain
(『蒼穹のファフナーEXODUS』26話)

そうして新たな生を獲得し、利他に生きることを決め桔梗の愛を携えた一騎の右腕は、二代目皆城総士の手を取ることでその愛を結実させました。
「子供」を「育てること」は象徴的な「未来」への「利他行為」を表します。
かつて自分のためにファフナーに乗っていた一騎は死にました。
新たに生まれ変わった一騎は、桔梗の愛に導かれ、未来の対話のために命を使うことを選択し総士を育てることになった。
これが一騎が花を受け取った意味ではないでしょうか。


ちなみに
ディスク最終巻のジャケットで一騎は左手を差しのべています。

蒼穹のファフナー EXODUS 12 [Blu-ray]
Amazonリンク

これは一騎の右手に過剰に意味を背負わせないってことなのかなーと勝手に思っています。
どう世界を祝福するかを考えていたときの手も左右ばらばらでした。
同じように、傷つけた右にのみ愛を仮託するのではなく、一騎をよりひろがりを持ったキャラクターとして完成させたかったのではないかと思います。
一騎と総士の和解は無印、そしてHAEで区切りがつけられているのであり、EXODUSはもうそこに拘泥した物語ではなかったので。
区切った物語の最後の仕上げとして「古きを捨て新たに生まれ変わった」のではないかなと。



以上が現時点での解釈です。
未来に利他的愛を注いだ一騎は『THE BEYOND』にてその子供とどうかかわっていくんでしょうね。
この前自分の過去記事読んでたら「続篇いらない」とはっきり書いちゃってたけどまあ、決定されたからには受けとめる覚悟です。いろいろ。

*1:桔梗は死しても想いつづけるという意味で仏花としても使用され、真矢から翔子に込められた想いがここに見えます。